「もっと頑張らなきゃ」と思うほど、ヨガの練習も仕事も苦しくなる。そんなときに聞く「手放す」という言葉は、何もかも諦めることなのでしょうか。
ヨガ哲学の文脈で考えたいのは、大切な目標を捨てることよりも、必要以上に握りしめているものに気づくことです。ポーズの完成形、人からの評価、昨日と同じ調子で動けるはずという期待。目指す方向は残したまま、「その通りにならなければ自分には価値がない」という結びつきをゆるめる、と考えると日常にもつながります。
この記事では、ヨガ哲学でいう「手放す」の入り口を整理し、RYT200を学んだ人の変化と講師の指導観を交えながら、練習や暮らしで試せる方法を紹介します。
ヨガ哲学の「手放す」は、まず執着に気づくこと
「手放す」に関わる考え方の一つが、アパリグラハです。Yoga Allianceの行動規範では、アパリグラハをヤマの一つとして挙げ、シンプルさ・執着しないことと説明しています。ヤマは、パタンジャリの『ヨーガ・スートラ』に示される倫理的な指針です。
ただし、日本語の「手放す」という言葉が、すべて一つの専門用語に対応するわけではありません。ヨガ哲学には、満足や自己観察、継続する練習など別の論点もあります。ここではアパリグラハを入り口に、「必要なものと、なくなるのが怖くて握りしめているものを見分ける」ことを考えます。
たとえばヨガウェアが必要なのは、快適に動くため。一方で、周囲と比べて足りない気がするから次々に買い足すなら、必要性より比較に引っ張られているかもしれません。物を持つこと自体を悪いと決めるのではなく、自分が何を求めているのかを確かめる視点です。
南カリフォルニア大学のヨガ指導者養成資料は、アパリグラハの実践例に、必要と欲しいものの違いを考えることや、マットの上で自分や他人と競わないことを挙げています。哲学は難しい言葉を覚えるだけでなく、普段の選び方を見直すためにも学べます。
八支則の全体像を先に知りたい方は、ヨガ哲学の八支則と8つの意味も参考にしてください。本記事では、その中でも「もっと欲しい」「できなければいけない」という感覚との付き合い方に絞ります。
諦めることと、結果を握りしめないことは違う
手放すことが分かりにくいのは、「努力しなくていい」と受け取ってしまいやすいからです。けれど、練習することと、結果を思い通りにしようとすることは分けて考えられます。
「前屈を少しずつ学びたい」という目標があるなら、講師に姿勢を見てもらい、自分に合う練習を続けることはできます。一方、「今月中に床へ手がつかなければ意味がない」と期限だけを握りしめると、今日の身体の状態を見落としやすくなります。目標を消すのではなく、練習の価値を一つの結果だけで測らないのです。
仕事でも、資料を準備し、分からない点を相談し、約束した仕事を進めることは自分が担える部分です。しかし、全員に必ず褒めてもらうことまで自分で決めることはできません。「何をするか」と「どう評価されるか」を分けるだけでも、次の行動は整理しやすくなります。
ここで手放してはいけないのは、安全や必要な責任までです。痛みを我慢する、相手に言うべきことを言わない、期限のある手続きを放置することを、哲学の実践と呼ぶ必要はありません。対応が必要な問題には対応し、そのうえで結果を全部支配しようとする姿勢を見直します。
「できないと焦る」が変わった、RYT200の学習経験
OREO YOGA ACADEMYでRYT200を学んだY.Mさんは、ヨガを約10年以上続けていたものの、平日の仕事があるため資格学習は難しいと考えていました。残業や出張もある生活の中で、決まった時間に受講するより、自分のペースで学べる形式を選んだと記録しています。
学習では、空いた時間に少しずつ進める日と、まとまった時間に集中する日を使い分けていました。実技のフィードバックでは、自分では気づいていなかった癖やポイントを知ることができたそうです。単に「できたか、できなかったか」ではなく、どこを見るとよいのかを教わりながら練習が進んでいました。
その後の感想には、次の言葉があります。
そういった感覚を体感していくうちに、より出来なくても焦らないようになりました。
「そういった感覚」とは、以前はきつかったポーズが取りやすくなったり、バランスが自然に取れるようになったりと、練習の中で成長を感じた経験を指しています。最初から諦めていたのではなく、取り組みながら少しずつ変わる自分を見たことで、できない時間への向き合い方が変わったのです。
「きっと明日は、今日よりうまくいく」そんな前向きな考えをヨガ以外にも向けられるようになったのは、アーサナやヨガの哲学の考えを深めることができたからではないかな、と思っています。
これは本人が学習を振り返って感じた変化であり、特定の哲学用語を実践した成果と記録されているわけではありません。それでも、「できない自分を責めて急ぐ」以外の練習の仕方があることを、具体的に想像できる経験です。明日必ず成功するという保証ではなく、今日の途中経過を受け止めて、次の練習へ進む言葉として読めます。

ポーズの完成形より、今の自分を観察する
比べないつもりでも、前のマットの人が深く曲がっていると、自分も同じ形を取りたくなることがあります。昨日できた動きが今日は難しいと、「後退した」と感じるかもしれません。そんなときは、すぐに良し悪しを決める前に、比較の物差しを置き直してみます。
講師の間宮愛さんは、自身の指導観を次のように記しています。
ヨガは人生を生きやすくする方法を知ることだと思っています。そのために自分を知り、否定をせずただ受け入れること。
また、指導の記録では、体型や骨格、筋力が人によって違うことから、アーサナの完成形も一律ではないと考え、心地よい位置へ案内する方法を探し続けていると説明しています。姿勢の写真に身体を合わせることと、自分の身体に合う姿勢を探すことでは、確認するものが変わります。
練習前に、呼吸のしやすさ、疲れの残り方、動きにくい場所を一つずつ確かめてみましょう。前屈なら床との距離だけでなく、力みを減らして呼吸できるか、講師の提案した補助を使うとどう感じるか、といった観察もあります。身体に痛みがある場合は形を深めることを優先せず、練習を中止して適切な相談につなげてください。
記録も「できた・できない」の二択だけにしない方法があります。「今日は浅い位置なら落ち着いて呼吸できた」「説明を聞いて足の置き方を変えられた」など、観察した事実を短く残します。評価をなくすのではなく、評価の項目を完成形だけに狭めないためです。

日常で試すなら、手放すものを一つだけ決める
哲学を学んだ日に、持ち物も人間関係も考え方も一気に変えようとすると、それ自体が新しい「ちゃんとしなきゃ」になりがちです。まずは、いつも自分が握りしめている小さな条件を一つ選び、別の行動を試してみるくらいで十分です。
人と比べたときは、欲しいものを具体的にする
SNSで誰かの暮らしやポーズを見て落ち着かなくなったら、「自分には何が足りないのか」だけでなく、「何を本当に望んでいるのか」を言葉にしてみます。楽しそうなヨガ写真に惹かれたのなら、必要なのは同じ服や場所ではなく、自分にも気持ちよく動く時間を作ることかもしれません。
そこで、見続ける時間を少し短くし、次に参加できるレッスンを調べるなど、自分ができる行動に戻します。他人を見ないよう厳しく禁止するより、比較が自分の選択をどのくらい動かしているかを知る練習です。
予定が崩れた日は、目的と手段を分ける
30分練習する予定が、仕事や家の用事で難しくなる日もあります。「30分できなかったから、今日は何もしない」と決める前に、もともとの目的を確かめましょう。学習を途切れさせたくなかったのなら、昨日のメモを一つ読み返すことでも、次につながります。
これは短い練習で何でも置き換えられるという話ではありません。実技確認や提出課題など、まとまった時間が必要なことは別に予定を取り直します。「毎日同じ形で進まなければならない」という条件をゆるめ、必要な作業は具体的に残すのです。
物を減らす前に、増やす理由を確かめる
アパリグラハを断捨離だけの考え方にしてしまうと、捨てた数が新しい競争になります。手元にある道具が自分の暮らしや練習に役立っているなら、無理に減らす必要はありません。次に何かを買うとき、今の困りごとを解決するのか、足りない気分を埋めたいのかを分けてみます。
答えがすぐに出ない買い物は、一度時間を置く。今ある物を使ってみる。必要なら予算を決めて選ぶ。そうした小さな間隔を作る方が、所有を全部否定するより、日常の選択に結びつきます。

「手放せない自分」まで否定しなくていい
大切な結果ほど気になるし、人と比べてしまう日もあります。そこで「まだ執着しているから自分は駄目だ」と結論を出すと、手放すことまで達成課題になってしまいます。まずは、何に引っかかっているかを気づけたことから始めてみてください。
振り返るなら、三つの問いが使えます。「今日、思い通りにしたかったのは何か」「自分ができる行動はどこまでか」「次は何を一つ変えるか」。答えをきれいにまとめる必要はありません。たとえば「前の人と同じポーズにしたかった。今日は補助を使える。次は最初から講師に聞いてみる」と具体的なら、翌日の選択に使えます。
哲学の解説を読んで納得することと、日常の場面で思い出せることは別です。Y.Mさんの経験にも、学びながら練習を重ね、自分の変化を感じる時間がありました。すぐに考え方を変えなければならないと急がず、一度試して、どこで難しかったのかを確かめる。その繰り返しも学びになります。
ヨガ哲学の「手放す」は、目標や責任を捨てる合図ではありません。大切にしたい方向は残し、自分を追い詰める条件や比較を見直す入り口です。まずは次の練習で、完成形以外に観察できることを一つ見つけてみませんか。
参考情報
- Yoga Alliance「Code of Conduct」:ヤマとアパリグラハの説明。2026年10月7日確認。
- USC Yoga Teacher Training「The First Two Limbs Of Yoga: The Yamas And Niyamas」:アパリグラハの定義と実践例。2026年10月7日確認。
- OREO YOGA ACADEMY保有のY.MさんのRYT200受講記録。本文では受講当時の経験を紹介しています。
- 間宮愛さんの講師プロフィール・指導記録。既存の言葉と指導観を紹介したもので、今回の記事への個別監修を示すものではありません。












